躁うつ病と強迫性障害を隠しつつ働く20代ぼっちが生きがいを見つけるまで

自分が抱える精神病やいろいろな思い日常の出来事等を綴ります

依存と恋愛と鬱と

ようやく俺ガイル13巻読み終わりました。

はまったら一気に読めました。(特に後半)

主人公の卑屈さが自分に似ていて好きです。

 

少しネタバレになるかもですが

「依存」がテーマ。

 

ここでまた、僕のむかし話をさせてください。

 

依存かそうじゃないかの線引きって難しいと思いますが、

大学時代は元彼女に依存していたなーって当時も思っていたし、今も思っています。

 

他人の悪口を平気で言っちゃう、よく言えば思っていることをそのまま言ってしまう僕が、振られた今でさえ彼女のことを一切悪くは言えません。

 

それくらい優しくて、何でも言うことを聞いてくれて、一緒にいてそれこそ僕にとっては「幸せな時間」を過ごせた人でした。

 

そして僕の勘違いじゃなければ、少なくとも大学時代は彼女もずっと僕のことを好きでいてくれていた。

 

それって独占欲とか自己愛なんじゃないのってのはまた別の話で(笑)

 

そんな彼女にずっと甘えっぱなしで、当時はこのままでいいのかなんて思ったこともありました。

 

彼女がいたから僕は大学時代ぼっちでも過ごせたし、一人暮らしでも寂しくなかったんです。

 

書きながら思ったんですがこれってやっぱり依存ですよね。

彼女なしでは生きられないなんて。

 

依存しているときはいいんです。

依存できなくなったときが問題なんですよね。

 

今回の例で言えば別れた後

病気のせいだけではないと思ってますが、僕が躁状態の全盛期だった頃振られました。

当時は「僕にはもっと良い女性がいる」なんて本気で思っていました。(躁状態ですから)

 

躁状態のときは大丈夫でしたが、薬が変わって段々鬱になるにつれて、元彼女への未練が大きくなっていきました。

これもずっと依存していたからこそだと思います。

 

「失ってから大事だったことに気が付く」

でも失ってから気づいたってもう遅いんです。

 

そして一度だけ、復縁を迫ってしまい、それはもう完膚なきまでに振られました。

 

「あなたのその気持ちは幻想だし、今後一切恋愛対象として見ることができない。きっとまた同じことを繰り返すだけ。」

 

この二回目の失恋とも言えない何かのせいで僕の鬱はもっとひどくなり、

過去に戻りたい気持ち、となんでもっと大事に出来なかったんだという後悔で最悪な半年を過ごしました。

 

鬱になる原因って失恋もあるんですね。

ずっとずっと、本当に気持ち悪いくらい元彼女に執着してました。(思ってただけで、ストーカー行為とかは一切してないですよ(笑)接触したのは復縁を迫ったのが最初で最後です。)

そういうときって視野も極端に狭くなっちゃうんですよね。

振られたけど、僕にはもう元彼女しかいないんだ....と

 

まあこうやって書けるのも吹っ切れたからなんですけどね(笑)

 

でももう元彼女とは会えないですね。

だって自分が幸せに出来なかった人が別の誰かと幸せに過ごしている姿を見なきゃいけないなんて屈辱というか羞恥心というかもう言葉に出来ないですもん。まだ完全には吹っ切れてはないのかもですね、本当に気持ち悪い。

 

でも僕が知らないところで、僕みたいな人間じゃない人と幸せになってくれたらなんてそんなこと言う資格はないですが、そんなどうしようもないことをちょっとだけ思ってます。

 

とりあえず誰かに何かに「依存」するという状態は永遠には続かないということ

そして「依存」できなくなったときに深い絶望が待っているということ

 

みんなに当てはまるわけではないと思いますが、特に僕みたいな執着心や独占欲が強い男性は恋愛をする際注意した方がいいかと(笑)

 

何はどうあれ俺ガイルの最終巻が出るまでまだ死ねないですね(笑)

そしてこんなことを思っている僕みたいな糞野郎はもう一生恋愛なんて出来ないかな...

 

それでも死が訪れるまでは生きるしかなんです。

周りがどんどん結婚して家庭ができて幸せな家庭を築いていくなかで独りだったとしても。

独りで生きていけるだけの力が欲しいです。

 

それでは!

 

 

ふと思った

全然読んでなかったのに、俺ガイル読み始めたら止まらなくなってしまった。

いかん。

明日は仕事なのに。

 

読みながらふと思った。

 

「後悔」「未練」「前に進めずにいる」

 

僕が鬱のときにずっと思っていたこと。

誰の言葉も心の隙間を埋めてはくれなくて。

毎日毎日、戻れない過去を顧みて。

後悔の中で生きていた。

 

そして諦めてしまっている。

 

あの時の僕と、今の僕と一緒だと。

 

でもコメントをいただけたように、

 

昔が、過去が真っ黒であるなら

今これから明るくしていけばいい。

 

いい思い出がないのなら

これから作っていけばいい。

 

過去と他人は変えられないけど

未来と自分は変えられる。

 

 

 

 

 

いつか今の自分を、これまでの自分を認めてあげられるようになりたいと

そう思いました。

 

それでは

実家暮らしと一人暮らし

今僕は一人暮らしをしています。

初めての一人暮らしというわけではなく、

大学4年一人暮らしをし、その後数年、地元の職場で仕事をしながら実家暮らしをし、転勤で改めて一人暮らしになったという流れです。

 

正直転勤前は一人暮らしが非常に不安でした。

経験があるとはいえ、双極性障害強迫性障害の診断を受けた後での一人暮らしでしたし、転勤前は重い鬱状態でしたので。

 

まず社会人の一人暮らしをしていて思うこと

土日が寂しい。(笑)

基本インドアで趣味もない人間ですので、家に引きこもりっぱなしで、誰とも話さないなんて普通です。

土日じゃなくても、家にいるときは孤独を感じることも多々あります。

 

まあだからと言って誰かと話したいのかというと、そこまででもなく

彼女が欲しいとは思っても街コンとかに行くわけでもなく

なあなあと過ごしております。

 

もう一つは快適(笑)

確かに実家にいるときはご飯、お風呂、洗濯、洗い物等全て母親がやってくれていました。

当然家にお金入れてましたけどね。

それを一人暮らしだと全部自分でやらなければならない。

 

大変そうに見えますが案外そうでもないんです。

洗濯は週一回で十分ですし、風呂じゃなくてシャワーで十分ですし、ご飯は電子レンジで済ませちゃってます(笑)

洗い物も使うお皿とかが無くなればまとめてやればいいですし。

 

何より自分の部屋がすべて自分のものだということ!

誰にも気を使わなくて好きに使える。

好きなときに眠り、好きな時に起きたりなんでも自由。

当然自己責任の世界ですが...

 

達観しちゃったのか分からないですけど、実家にいるときより逆にストレスが減った気がします。

鬱も強迫性障害も少しずつ良くなっている気がしますしね。

まあ引っ越しってかなりお金とられますけどね(笑)

 

僕の姉は1年だけ独り暮らしだけしてかなり寂しかったらしく、その後はずっと誰かと暮らしているので向き不向きもあるかもですが...

 

前にも書きましたが、無理やりにでも環境を変えるっていうのは、案外精神疾患の治療に向いているのかもしれないということ(あくまで個人的な感想です)

 

もし今実家で暮らしていて、一人暮らしに対してハードルを感じている方の参考になればなと

 

それでは!

 

 

精神疾患の治療と仕事の両立

おはようございます。

さてさて今日も何を書こうか考えながら今書いているわけですが、

うーん...

 

精神疾患と仕事の両立について思っていることを書きます。

 

まず、実際に診断された人は当然分かるかと思いますが、

精神疾患って他の病気と違って目に見えません。

(診断されてない人でも分かると思いますが)

 

治療や診療の際も、職場への相談も、全て「自己申告」になります。

 

病気になってしまうのは、当然本人の責任ではないと思ってます。

置かれている環境やタイミング、世の中の仕組みや育ってきた経緯等々原因は様々。

ただ、精神疾患と診断された後、どう病気と向き合っていくかは本人の自己責任だと僕は思います。

 

僕みたいに職場や周囲に対して病気であることを隠したり、あるいはカミングアウトをして支援を求めたり、休職したり、最終的には退職する選択肢だってあります。

 

周りからのアドバイスはあれど、どの選択をするかは本人次第。

 

もちろん、症状が重く、主治医からドクターストップがかかるケースもあるかと思います。

自傷行為をしてしまったり、自殺未遂をしてしまう場合などでしょうか。

僕も自分自身精神疾患を抱えてていて、一番鬱が酷かったときは死にたいとは思っても死ぬ勇気がなかったので、良い悪いは別として、そういう行為をしてしまうということはそれこそ、想像を絶する程追い込まれているんだと思います。(本人の気持ちは本人にしか分からないですが)

 

結局どういう選択が正解かなんて僕には分かりません。

ただ、そうした精神疾患に対する社会、職場、人々の支援や意識がまだまだ低い現状はあるんじゃないかと個人的には思っています。

 

例えば僕の職場で、新任の係長が約半年、赴任当初から鬱で休職していました。

そのことに対して僕の職場はほとんど説明をしないまま、空いている席に代替の職員を入れるわけでもなく半年仕事をしなければなりませんでした。

当然一人減ったからといって仕事の量が減るわけでもなく、その負担はその係長の部下に圧し掛かるわけです。

そうするとその不満はどこへ行くか。

 

休職している係長に行くわけです。

鬱なんて甘えだ、おかげでこっちは苦労してるんだと。

 

しかも、それぞれの負担は増えているにも関わらず、上の人間はもっと業務効率化を図って残業をするなと言うわけです。

挙句の果てには「自身の健康管理のために残業をしないで早く帰るように」とまで。

そしてサービス残業を強いられる。

そういうことを言うだけ言って上の人間はその係の手伝いもせず、どこを改善しろとアドバイスをすることもなく、自分たちだけ定時で帰宅する。

言うことなんて誰だってできるんだから、それ以上のことを管理職としてしろよと何度思ったことか...

 

こうなると若手職員の怒りの矛先は増々休職中の係長に向くわけです。

 

因みにこれは僕の隣の係の話なのでまた聞きの部分もあるので全てが正しいかは分かりません。

でもこれっておかしくないですか?

 

鬱で休職せざるを得ない程まで追い込まれている職員に対して、一人減の状態で仕事をしなければいけない係に対してのフォローがまるでない。

本当に糞みたいな腐った組織だって思います。

 

ただ、こういう職場や会社ってそれこそごまんとあると思います。

特に組織の規模が小さくなればなるほど状況はひどくなる。

いつだって弱い立場の人間のことなんでまるで考えちゃくれない。

 

話は変わりますが厚生労働省は以下のようなサイトを開設しています。

 

chiryoutoshigoto.mhlw.go.jp

 

あまり、しっかり見ていませんが、精神疾患についての考慮が欠けている気がしました。(個人的な一意見で決して政治批判や行政批判ではありません。)

特にまず最初は「本人から職場に対する支援の申し出」がスタートな時点で。

 

精神疾患は病気だということ。

決して甘えなどではないということ。

本人がどうしようと思ってもどうしようも出来ないことがあること。

当人が弱い人間だから病気になるわけではなく、状況によっては誰でもかかる風邪と同じようなものであること。

 

まずはこのあたりの認識がもっと世間に広まって、それに対する社会的な支援が必要だと思います。

 

そうしないと僕みたいに自分が精神疾患を抱えているということに対して支援を求めることすらできない。

上のサイトでいうスタートラインにすら立てないんです。

 

難しい問題ではあるし、精神疾患を抱えている人に対する支援がどれほど大変か僕自身よく分かっています。

 

それでも、同じような病気を抱える人たちが、明日も生きたいと思える世の中になって欲しいと心の底から強く思っています。

 

気が付けばなんだか熱く語ってしまいました。

 

それでは!

本日の出来事と想い

やっとUSBキーボードでも@が打てるようになりました。

買ったキーボードが安かったからだと思ってたんですけど、設定の問題だったんですね。

 

僕はあまり他の方のブログを読みません。

憧れのブロガーの真似をしたくてブログを始めたというよりは、

暇つぶしと自分の気持ちを言葉で残したかったからだったので。

 

でも、ついさっきふと目にとまった方のブログを見たら驚きました。

ひとつの小説というかエッセーというか...

あれが文才ってやつなんですかね

ブログも奥が深いものです。

 

普段土日は一日家で引きこもっているんですが、最近はなんだかんだちょっと外に出るようになりました。

今日はExcelの本を買いに百貨店へ。

 

形から入るタイプなので一気に6千円をつかって3冊買いました。

せっかくパソコン新しくしたので使わないと勿体ないですからね。

暇なときに勉強して苦手意識を無くしたいなと。

 

それからユニクロヒートテック大人買い

ボーナスまで金がないのに一日で一気に諭吉さんが吹っ飛びました。

 

何でこんなことを書いたのかというと

出来る出来ないは別として、鬱の人って外に出るのが良いってよく言いますけど、案外嘘ではないのかなと。

 

外に出て、何かすることで「考えすぎてしまう」負のスパイラルから、そのときだけは抜け出せますから。

特に強迫性障害を抱えるほど考え込んでしまう僕みたいなタイプは。

 

深く深く考え込んでしまう。

意味のないものやことに、意味を見出してしまうほどに。

それが悪い方向に進んだ結果が強迫性障害であり、鬱であるのではないでしょうか。

 

まあそれでも人には向き不向きがありますから。

外に出た方がいいって言われて「はい分かりました」と外に出られるほど、症状が重いときは単純じゃないですし、そもそもアウトドア派とインドア派もいますしね。

 

何がいいかというと、僕もそろそろアウトドア的な趣味があればもう少し人生が豊かになるんじゃないかと今日ふと思ったのです。

 

今のところ狙っているのはカメラです。(これも時計やオーディオと同じで沼が深そうな趣味ですが(笑))

 

突然ですが、僕は「形として残るもの」が好きです。

その最たる例がグランドセイコー

僕の戒めであり希望でもある相棒ですが、メンテナンスをしっかりすれば一生使えます。

 

逆に昔から「形として残らないもの」があまり好きではありませんでした。

特に「旅行」。

昔は家族旅行によく連れていかれましたが、僕はあまり好きではありませんでした。

行った先々で両親が喧嘩したり、怒られたりしたからだと思います。

とにかく思い出しても楽しかった記憶がない。

それに綺麗な景色を見てもあまり感動しないんですよね。

いや、正確に言うと感動はするけど、一瞬で醒めてしまうというか。

 

と話は戻りますが、カメラというか写真は好きなんです。

そのときの一瞬を永遠のものとして残せますから。

 

まあ僕みたいに振られるたびに写真を消してたら意味がないんですが。(笑)

 

つまり、日帰りで行ける範囲で出かけて写真をとれば、ゆくゆくは旅行嫌いも治るのではないかなと。

それが自分ひとりじゃなくて、「誰か」となら最高なんですけどね。

 

やっぱり僕は期待しないなんていいつつ、心のどこかでは期待しちゃっているんですよね。人間そう簡単には変われないものです。結局のところ、なんだかんだ言っても僕は寂しがりやで、傍にいてくれる、全てじゃなくても少しは分かってくれる「誰か」が欲しいんだと思います。

 

ということでちょっと良いカメラでも買おうかと検討中でございます。

これからネットサーフィンしまっせ(笑)

 

いつか自分が買ったカメラで愛する「誰か」と幸せな一枚が撮れたら、それは幸せな瞬間だなあって夢見てます。

 

それでは!

むかしむかし2

おはようございます。

 

寝たら大分気持ちが落ち着いてきました。

 

本当ならずっと寝ていたい

けど最近は寝たくても寝られなくなりました。

きっと良い傾向なんだと思います。

一日中寝ようと思えば寝られるなんて、やっぱり普通じゃないですから。

 

転勤後、ひとりで何もすることがないときは一日中寝ていました。

睡眠薬が効き過ぎていたのか寝られることができました。

そしてお休みの日は何もしないまま、仕事に行く。

 

周りの人からはせっかくの休みなのに勿体ないとか

どこかに行きなよとか言われるんですけど、目的もなく外に出る気持ちがわかないんですよね。

 

結局僕は昔から「優等生」で誰かから認められるために行動してきて、そんな誰かからの指示や誘いがなければ自分のしたいことなんて分からなくて

 

そうやって自己中な性格の割に他人の意見に流されて生きてきたんだと思います。

 

主体性がない。

 

そんな僕ですが、一つだけ自分でやろうと決めてそのときの全てを捧げたものが実はあったんです。

それは高校時代の部活。

 

一応身バレ防止のために何の部活だったかは伏せておきますが、(見る人がこのブログのすべてをみればバレてしまうと思いますが)どちらかというと運動部に近くて、しかも高校から始められる部活でした。

 

言ってしまえば、スタートラインが部員全て同じだったのです。

そして入部する前から誰よりも努力して上手になろうと思ってました。

 

そう思ったのは高校に入学するさらに前、中学時代の話。

あまり思い出したくないのですが、中学時代、僕はバレー部に入ってました。

それまで運動なんて一切やったことがなくて、体育会の部活で非常に怖く、しかも本来なら部活+クラブに入るところを部活だけしか入ってなくて、全然上達しませんでした。下手で内輪にも入れず、いじりといじめを勘違いし、いつまでたっても上達せず、精神的にもかなりきつかったので三者面談で当時の担任に相談したら、即退部する流れに。その後は帰宅部で残りの2年半過ごし、そのすべてを勉強に費やしました。

 

そういう経過から今度は同じ失敗をしないように強く心に決め、高校ではスタートラインが同じ部活で誰よりも努力して、上手くなろうと決めたのです。

ちなみに高校の部活を決めた理由は「秒速5センチメートル」って言えばバレてしまうんじゃないでしょうか(笑)

 

そして有言実行。練習量で言えば部活一だったのはもちろん、県下一だったとも思っています。きっと引退するまで、練習しなかったのは修学旅行とインフルエンザにかかったときだけ。お盆も年末年始も毎日自主練を重ねました。

 

ただ、努力が実るとは限らない。スタートラインが同じであるならばセンスがある人の方が上達が早い。

僕は最初から最後まで下手なままでした。

引退するまでに僕だけが大会で入賞すらできず、努力した結果残ったものは何もありませんでした。

それなりに練習している人は自分よりも上手なのは仕方ないとしても、一切練習してない人が、ラッキーパンチで大会で結果を残す。

僕は練習でも本番でも結果を残せず、お情けで補欠チームのリーダー的ポジションになれただけ。

 

高校に入ってようやく、挫折を知ったのです。

そして何を頑張っても無駄なんだという気持ちと強い劣等感だけが残りました。

 

そこからは大学受験、就活と挫折続き。

鬱のスタートラインはここだったんじゃないかって思ってます。

 

僕に主体性がないのは高校時代の挫折と劣等感があるのではないかなあと

きっと何をやってもうまくいかず、まわりと比較して劣等感を抱いてしまう。

そうなるくらいなら最初から何もしなくてもいいかなって。

 

大学受験で第二志望の大学に落ちた後、部活なんてやらずに勉強してればって父に話したら、寡黙で厳しかった父が「人生で無駄なことなんてないよ」って言ってました。

躁状態のときはそれを証明したくて、合格率数パーセントの資格試験を全力で勉強して落ち、鬱を経過して今の僕がいます。

 

まだまだ、僕はどう生きればいいのか、どこへ向かえばいいのか分かりません。

ゆっくりと生きる理由を見つけられたらと思います。

 

まだまだ眠れれるなら眠りたかったけど、無理だったので何も考えずに思っていることを書いてみました。

 

それでは!

最近と今日の反省

今日のというか、ここ最近の反省。

 

最近仕事終わりにグッと疲れがくるんですよね。

何もしたくなくなる。

そして何だか嫌な気持ちになる。

 

何が嫌なのか。

自分に対してなのか周りに対してなのか。

 

そしてそのモヤモヤを打ち消したいから、睡眠薬を使って必要以上に早く眠りにつく。

何時間か寝てると眠りが非常に浅くなるけど、それでも無理やり眠る。

そしてまた仕事に行く。

 

今日まず落ち込んだのは、一定期間強迫観念に縛られてしまったこと。

これは強迫観念って分かっていても回想してしまう。

それが一点目。

 

もうひとつは仕事終わり。

直属の上司とは仲が良いのでいろいろ話をするんですが、思っていることを口にし過ぎてしまったこと。

具体的に言えばいろいろな人の悪口を言ったり、ネガティブなことばかり口にしてしまったこと。

 

仲がいいから、信頼してるからつい口に出してしまったってのはある。

でも聞いてる側はあまり気分がよくないだろうし、何より話し終わった後僕の気分が最悪だった。

なんであんなこと言ってしまったんだろうって。

周りに他の人がまだ仕事してるのに。

なんて自分勝手で自己中心的で、さも自分の考えが世の正解のように語って。

痛い人間だなあと。

帰り道はなんて自分はクズな人間なんだってひどく落ち込みました。

 

何を考えてもいいけど、口に出していいことと悪いことがある。

そんなことも判断できなくなっちゃったのかと。

 

おそらく前ほどひどくはないけど、少し躁の傾向がある気がする。

自身を悲劇のヒロインだと思い込んでるのが本当に嫌になる。

 

本当に本当の自分が分からない。

とりあえず次の診療日に医者に状況を話しておこうと思います。

前にも躁かもって相談は少ししたんですけどね。

 

なんだか最近は

・周りを見下す

・衝動買いをする

・情報を発信したがる(承認欲求の現れ)

 

このあたりが強くなってきている気がします。

今は一人暮らしなんで、前みたいに指摘してくれる人いないですしね。

 

何も行動せず、幸せそうに見える他人を本心では羨み、妬み、自分が幸せになれない原因を病気のせいにして、悲劇のヒロインを演じている、クズな自分が本当に嫌いです。

 

こんなんじゃ誰かに愛されたりなんて無理だわって思いつつ、本当に自分が嫌すぎてガラスドアに反射している自分の顔が見れませんでした。

 

躁は人生を壊すし、周りに迷惑かけますからね

でも薬の量を減らしてまた、鬱になったり、強迫観念が強くなるのも怖い。

 

とりあえず、この反省の気持ちを忘れないように書いときました。

 

それでは