躁うつ病と強迫性障害を隠しつつ働く20代ぼっちが生きがいを見つけるまで

自分が抱える精神病やいろいろな思い日常の出来事等を綴ります

この1年を振り返って

こんにちは。

hitoriowariです。

 

そろそろ春ですね。

出会いと別れの季節です。

 

僕がうつ病から回復してそろそろ1年になります。

また、この一年で強迫性障害もある程度マシになってきました。

もちろん、まだ完全に治ったわけではありませんが。

 

そこで今回はこの一年で感じた、躁うつ病強迫性障害に対してよかったことを記したいと思います。

 

躁うつ病

・仕事内容が変わった

・仕事の人間関係が変わった

・自分が住む場所が変わった(引っ越した)

・実家暮らしからひとり暮らしに変わった

・主治医が変わった

・薬が変わった

・一年前に深く考えすぎたおかげで、同じ悪循環にならないよう気を付けられるようになった

・普通ではない自分を受け入れた

・物事に期待をしなくなった

 

強迫性障害

・立ち向かう気持ちになった

強迫性障害の本を毎日読んだ

・怖くても立ち向かう必要があること、強迫観念は仕事終わりには消えることを身体で覚えた

・何度も挑戦する、その上で自分にとっての不自然を自然に変えていった(気が付けば変わっていった)

・主治医、薬が変わった

 

思いつく限りでこんな感じでしょうか。

躁うつは環境の変化が、強迫性障害は恐怖に立ち向かう勇気(変化させることの勇気)が大切だったのかなと思います。

個人的な見解なのであくまで参考までに...

 

いつになるか分かりませんが、今後の目標は薬なしで生活できることでしょうか。

 

それでは!

ここ最近の近況2

こんにちは。

お久しぶりです。

hitoriowariです。

 

約一か月ぶりでじょうか。

久しぶりにここ最近の状況、生活でも書きたいと思います。

 

まず日常生活について。

問題なく生活はできてます。

強迫行為も前よりは少なくなってきた気もしますし、気分が上がったり、逆に落ち込みすぎたりすることもありません。気分の波が収まってきた気がします。

これはリチウムの量を増やしたのが大きいのかと。

血液検査の結果でも、上限ギリギリの数値でしたし。(一日800ミリグラム服用しています。)

なので深く考えすぎたり、逆にお金をたくさん使ったり、他人を見下したり、ブログをたくさん投稿したりということはあまりありません。

 

それから思考、考え方について

これは「何事にも期待しない」を貫いているからか、マイナス思考な自分を、ネガティブな自分を受け入れるようになりました。

具体的に言うと、将来に、自分に、周囲に期待しない。夢を持たない。自分じゃ駄目だと思う。それを悩むんじゃなくて受け入れてしまう。これ以上鬱にとらわれないように、期待値を限りなくゼロに持っていく。どんな結果が待っていようとも運命なんだと受け入れてしまう。

最近はそういう思考でいることで、起こること(事象)に対して思考を左右されないようにしています。

普通じゃないですし、逆に鬱状態とも言えるかもしれません。でも1年前の苦しみは全くありません。

 

これからについて

これが一番の悩みどころというか、どうすればいいか分からないところであります。

本社に行って仕事だけで生きようと思ったのに希望が通らず、どうしたものかと悩み中です。

本音を言えば、誰かに認めてもらいたかった。今のままで十分頑張ってるよって、大丈夫だよって言って欲しかった。

それが職場(本社)からの評価でも、異性の相手でもよかった。

でも抗うつ剤を飲んでいる自分なんて、精神科に通っている自分なんて誰も受け入れてくれないんじゃないかとも思っている。

だからこそ、本当に信頼している人か、逆にどう思われてもいい人にしか自分の病気のことは話していません。

先ほどの考え方とも重なって、「自分なんかを受け入れて、認めてくれる人なんていない」と思い込んでしまっているのが現状です。

だから異性と付き合いたいと思ってもどうせ無駄足だと思ってしまい、何も行動に移せていないでいます。

 

本当に期待も希望も夢もなくしてしまいました。

でも死ぬ勇気なんてないし、死ねないから仕方なく生きている。

そんな感じです。

 

まとまりのない文章ですみません。

また何か変化があれば書きたいと思います。

 

それでは。

僕の病気はいつか治るのだろうか

こんばんは。

本当は仕事の勉強をしなくきゃと思ってパソコンを開いたのですが、気になる記事があったので僕も見て思ったことを書きたいと思います。

 

 

iseebi.hatenablog.com

 

この記事ではブログ主がうつ病と診断されるまで、診断後療養し、薬が減っていき、最後には薬の投薬を終えるまでが書かれていました。

とても読みやすかったです。

 

僕は病気の性質からか、症状がまだ軽いからか、自分のプライドのおかげか、心療内科に通ってから今日まで、病気を理由に仕事を休んだことはありません。(病気を隠しているからかもしれませんが…)

その一方でここ一年は薬や症状はほとんど変わらず、一生このままなんじゃないかって思いながら生活しているところです。

うつ病に比べて双極性障害は治りが遅く、強迫性障害はさらに治りが遅いと言われているからかもしれません)

 

強迫性障害になっちゃうくらいいろいろと考えちゃうので、将来のこともそれなりに考えるのですが、最近はもう治らないという前提で人生設計をしているまであります。(といっても結婚とか人並みの幸せは諦めて、一生独りで生きていこうとかそんなもんですが)

 

自分が精神疾患を抱えていることは十分受け入れているつもりです。

ただ、病気が治ったら、自分の部屋から抗うつ剤とかがなくなったらどんなにいいだろうかと先ほどの記事を見て思いました。

きっと心のどこかで僕自身が「精神疾患を抱えている僕は普通じゃない」と決めつけているんだと思います。

 

同じ病気を抱えている人ならみんな思うのかもしれませんが、いつかは病気が治って「普通の人」になれるか、世間も精神疾患に対する認識を変えてくれて「精神疾患を抱えていても普通の人」と思ってもらえたらいいなあとほんの少し願っています。

 

それでは! 

ここ最近の近況

お久しぶりです。

hitoriowariです。

 

本当にお久しぶりですね。

特にお休み宣言したわけでもないのに、ブログを更新できないほど忙しいわけでもなかったのに、前の更新から3週間経っていました。

 

更新しなかったのはいろいろな理由があるかと

・更新するほどの話題が特別なかった

・自分の気持ちをブログ始める前と同じようにWordでまとめるようになった

・炭酸リチウムを増やしたことで、若干躁状態だったのが落ち着いた

・自分のなかでやるべきことを見つけられた(有期ですが)

 

一番大きな理由は3つ目でしょうか。

躁状態のときって「外部への情報発信」をたくさんする気がするんです。(自身の体験談による)

一度目の躁状態の際はfacebookでたくさん更新してましたし(今ではかなりの黒歴史facebookも消してます(笑))、今回も一日に何回もブログを更新していました。

今回は自分でも躁の自覚はあったんですが、結局自分だけの力では対処できませんでした。やっぱり躁状態って当の本人にとっては気持ちがいい状態ですから。それに、ちょっと選択を間違えてまた鬱のどん底には行きたくないですし。

 

結局、躁状態のときは承認欲求が強まるっていうのが今回の結論です。

 

もう病気についてはほとんど書いてしまいましたし、日常を綴るほど、僕の生活は楽しくないのでブログの更新頻度は落ちちゃうかもしれませんね。

 

また気が向いたら書きます。

 

それでは!

イエスタデイをうたって

実をいうと去年の10月はちょっと怖かった。

 

10月というと季節の移り変わり目の時期で、僕が2度目の失恋をして、鬱になっていった時期だったから。

しかも今は周りに誰もいない。一人暮らし。

また鬱がひどくなったらどうしよう、視野が狭くなって考えても仕方がないことを考えたらどうしようと、少し不安だった。

 

結果的には今のところひどい鬱にはなってない。

逆に少し躁状態だったのだけれど、それもリチウムを増やしたからか、最近は落ち着いてきた気がする。

 

理由はきっといろいろとあるんだと思う。

リチウムとサインバルタを併用して服用していることとか。

仕事や住環境が変わったこと等々。

 

あとは表題にもある「イエスタデイをうたって」をその時期に読んだのが大きい気もする。

 

 

 

 

この漫画を読み始めたのは本当に偶然で、当時とある電子書籍販売サイトで2冊無料で試し読みができて面白かったのと、何よりちょいちょい出てくる深いセリフが心に突き刺さったから。

 

内容としては恋愛経験が少なくて、すこしズレてる大人達の恋愛漫画

 

大学時代に好きだった女性「榀子」を一途に想い続ける主人公「魚住」。

でもその「榀子」は何年も前に亡くなった幼馴染への好意を捨てきれないでいる。

そこに突如としてカラスを連れた謎のヒロイン「ハル」が現れる。

「ハル」は積極的に主人公「魚住」にアタックするのだが...

さらに「榀子」に好意を抱く亡き幼馴染の弟「浪」まで現れて...

 

主にこの4人とその周囲の恋愛模様が描かれてるんですが、なんというかいろいろと深いんです。登場人物のセリフや想いが。

深く考え過ぎちゃう人達が集まっているから、いろいろと共感できるところもあって。

 

何度も読み直したんですが、そのたびに「そのままでもいいんだよ」と言ってくれている気がします。

実は漫画が好きでいろいろと読むんですが、今一番のおすすめ漫画はと聞かれたら、この漫画を即答します(笑)

 

僕はこの漫画を読んでいくなかで、徐々に元カノへの執着心を無くせた気がしました。

だからこそ鬱の予防に繋がった気もするんです。

 

もし失恋がきっかけで鬱になった方、どうしても忘れられない誰かがいる方は是非この漫画を読んでみて欲しいです。

(純粋に面白いので少しでも興味を持った方はぜひ!)

 

それでは!

 

 

 

 

 

 

 

「忘れるというのは本当に心からどうでもいい人になるということ

 そうなれば全部許せるしいい思い出にだってなる」

 

僕もいつか、忘れられればいいなって思ってます。

 

したいこと、するべきこと

ふと思った。

 

僕はこれまで「何をしたいか」じゃなくて、「何をすべきか」を考えて生きてきた。

 

だから社会人になって、部活、受験、就活といった目標を失ってしまったから、どう生きていけばいいか分からなくなって、かといってやりたいことなんて今更思いつかなくて、深く考えすぎちゃった結果鬱になっていったのではないかなと。

 

今も基準にあるのは「何をすべきか」

 

その日、そのときにするべきことをただ淡々と、自分なりにこなしている。

 

そこでこの前に記事と同様に何をしたいかを少し考えてみた。

 

 

hitoriowari.hatenablog.com

 

考えていったなかでふと「真実を知りたい」と思った。

こう書くとコナン君のようだけど、別に探偵になりたいわけじゃない。

 

たとえば精神疾患

なんで僕は強迫性障害になったのか、双極性障害と診断されるようになったのか。

 

仕事でも

なんでこんなに○○が厳しいんだとか、この組織がこんなに腐ってしまったのはなんでなのか

 

等々google先生じゃ教えてくれない、日常の不満や疑問の答えが知りたい。

 

そして次につなげたいなあと。

 

こう書いてみると不可能だと自分でも思う。

あのgoogle先生が教えてくれないなら、答えなんてないんだから。

 

だから、自分のなかのモヤモヤに対して自分の力で向き合って、自分なりの答えを見つけたいんだと思う。

納得できないって不満ばかり言っている自分を納得させたいのかな。

 

でも結局そうすると、じゃあそのためには何をすべきかに戻っちゃうんだけどね(笑)

 

 

なんだかもう少し純粋な気持ちで、やりたいこと、行きたいところ、食べたいものとか、通常の欲みたいなものが欲しいんだけれどもそれがないのでございます。

 

あ、でも学生時代のように純粋に誰かを好きにはなりたい。(笑)

そして出来ることなら一生一緒にいたいと思える異性を見つけたい。

 

結局はまだ、今の時点で「自分はどうしたいか」の答えはでないので、もう少し様子をみてみたいと思います。

春になれば必ず環境は変わるので、何か気持ちの変化もあるかなあと期待しつつ

 

それでは!

好きと嫌い

僕は他人に対する気持ちが好きか嫌いか無関心だと思っている。

例外はほとんどない。(無関心だけど好きな方とかはある(笑))

 

無関心は本当に無関心。(なんだこの日本語(笑))

相手がどうなろうが、なんとも思わない。

 

好きは尊敬とか憧れとか純粋な好意とか

一緒にいたいとか話したいと思う人に抱く感情。

この気持ちは多分、相手が自分にないものを持っているから。

 

逆に嫌いは鬱陶しい、うざい、関わりたくない、話したくもない。

自然と塩対応になる。

そして相手を嫌いになるのは自分と似た部分があってそれを認めたくないから。

 

僕は人間関係の好き嫌いがはっきりしていると思う。

自分が好きな人が僕を好きになってくれるとは思わないけど、

自分が嫌いな人は十中八九相手も僕を嫌いだと思う。

 

人間関係を円滑に進めることが出来る人との違いは、おそらく嫌いな人との対応にあるんだと思う。

嫌いでも、それを表に出さない。

だからそういう人の周りには自然と人が集まってくる。

 

まあ僕は誰からも好かれたいと思ってなんかいないから、今更自分を変えたいなんて思っていないし、そもそも変われないと思っている。

昔は他人の評価とかものすごい気になったけど、今はあまり気にしていない。

自分のやり方でやるべきことをやっていけばいいかなと。

間違いを指摘されて、納得できるなら変えていけばいいかなと思っている。

 

ただ、僕の好きな本「死ぬまで仕事に困らないために20代で出逢っておきたい100の言葉」のなかで"嫌いなところばかりあって、嫌いになろうと思ってもどうしても嫌いになれないのが好きなんだ"的な言葉があった。

 

こんな僕でもそういう人にいつか出逢えるのだろうか...